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[天声人語]衆院解散を論語で語る、だそうです

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[天声人語]衆院解散を論語で語る、だそうです

本投稿の裏タイトルは「(岩波文庫の100冊 3/100)『論語』」。

「論語」はずいぶん前に、評論家の呉智英先生の塾(名言塾)にて、2年間ほど教わりました。いまでもその時の講義録(ノートとCD)は手元にあります。いつか本にしたいと個人的に思っているのですけれど。

 岩波文庫の100冊リストには、この「論語」が入っているのですが、さてもう一度読むという気分でもなくどうしたもんかと思っていたところに、朝日新聞の本日(26/1/20付)朝刊の名物コラム「天声人語」が手を差し伸べてくれました。有り難うございます。

論語を読む。はるか遠い昔に生きた孔子の言葉なのに、どうしてか、いまの世にも通じる何かを感じる。

「どうしてか」?
こんなにも新訳や解説書が刊行されているというのに、こっちが「どうして」と訊きたいところです。

子いわく君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る。きのうの高市早苗首相の記者会見を見て、そんな一節が浮かんだ。…(中略)…「信なくば立たず」はいいが、その判断は正義からか、あるいは自らの利益のためか。

衆院解散の判断は「正義か、自らの利益のためか」と疑問を投げかけている。
この「君子は義に喩り、小人は利に喩る」(里仁第四16)は「立派な人は義に通暁し、くだらない人は利に通暁する」(土田健次郎訳)、あるいは「立派な人間は正しいか正しくないかを考え、こざかしい人間は利を考える」(鶴ヶ谷真一訳)とあるように、「自分の利益」とは訳していない(意訳はできるだろうが)。
所詮はくだらない人間が考えることなんだから、「利」は「おのれの利益」だろうと天声人語子は推測されたのだろう。

この後には「何も首相が小人と言いたいわけではない」と防御線を張っているが、はてさて。

以降、
「子曰わく千乗の国を道(みち)びくには事を敬(つつし)みて信あり」(学而第一5)、
「君子は諸(これ)を己に求め、小人は諸を人に求む」(衛霊公第十五21)、
「不義にして富かつ貴(たっと)きは、我において浮雲(うふん)の如し」(述而第七15)、
「政(せい)とは正(せい)なり。子師(ひき)いて正しければ、孰(たれか)敢えて正しからざらん」(顔淵第十二17)、
「子曰わく、政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰のその所に居て衆星のこれに共(きょう)するが如し」(為政第二1)
と格好いいフレーズを並べて、今回の衆院解散、総選挙を批判しています。
そして、最後には「首相よ、首相たれ。この国の政治家よ、政治家たれ」と結びますが、それでは問う、天声人語子を代表とするメディア諸士はどうなのでしょう、

君子にはほど遠い。何が正しい人の道か、生まれながらにして之を知るものにあらず。それでも歴史に学び、敏にして之を求めようとする者である

と堂々と言ってのける天声人語子ならば如何。

 

  • この記事を書いた人

Dexter Franciscocity

穗座来 萬大(ほざき かずひろ) / iPhoneカメラ愛好家。

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