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01_文鳥日記

「アニメージュとジブリ展」

正月3日目。このブログもそろそろ勉強ネタに移りたいのだが、もう少し骨休みをしたい(学友さんたちには「そろそろ勉強しないと」と言っているくせに)。

たまたまTwitterで、本日1月3日から、銀座の松屋デパートで「アニメージュとジブリ展」がはじまるというのを知って、「これはっ」と出かけることにした。

初日なのでだいぶ混んでいるのかと思いきや「人数制限制」なのでそれほどの混み具合ではなく、スムーズに入場できた。結論としては、予想以上に「かつてのオタクたち」のココロを呼び覚ましてくれる素晴らしい展示会だった。

会場入り口では猫バスが出迎えてくれ、壁一面には雑誌「アニメージュ」のバックナンバー表紙がズラリと飾られている。
展示は「アニメージュ」創刊前夜の日本におけるアニメ(出版)事情からはじまり、徳間書店がどうしてアニメ雑誌を出すことにしたのか(それはけっきょく、個人の「公私混同」によるものなのだが、それがまた絶妙な「公私混同」である)、それから創刊当時は副編集長だった鈴木敏夫(現在はスタジオジブリのプロデューサ)が、宮崎駿、高畑勲、富野由悠季(当時は富野喜幸)、安彦良和といった「アニメーション作家」たちを見いだして雑誌で特集を組み、そこから宮崎駿『風の谷のナウシカ』の連載開始、そして映画化、さらにはスタジオジブリ創設・・・そしてそのストリームのなかで、サブカルチャーとしての日本のアニメーション文化が根付き、成長する様が語られていく。

当時はわたしは田舎の小さな書店で、この「アニメージュ」を楽しみに毎月買っていた。いまのようにネットがない時代、地方の人間にとっては雑誌は唯一に近い情報源だった。当時は「アニメ」なんて呼び方はしていなくて、「TVまんが」とか「まんが映画」とかそんな言い方をされていた。その言い方自体はすごく嫌いなくせに、かといって「アニメ」という言い方にも個人的には抵抗があったりする(面倒くさい)。

展示会の後半で、「アニメージュ」のバックナンバーがずらっと展示されているのだが、わたしはいつ頃から読みはじめたのだろう。記憶にあるのは、「ガンダム」のセイラさんが膝をついてこちに向けて銃を撃っているカバー(もちろん安彦良和によるものだ)だけど、これは1980年12月号である。わたしが小6のときの勘定なので、はたしてほんとうかどうか怪しい。記憶が捏造された可能性がある。

 

この話をし出すと止まらないからここまでとしておくが、そういえば今年は宮崎駿の新作もお披露目されるのである。もう一度80年代のアニメーションをおさらいする必要があるっ(きっぱり)。

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